日記・繭の記憶/Cocoon Memories

アーティスト荒木珠奈の2018年夏予定の展覧会(インプリントまちだ@町田市国際版画美術館)にむけて、蚕を飼ったり、制作準備等の記録です。

糸引き

子供と私が年末の休みに入った頃、蚕の繭から糸を引いてみました。

糸引きに使う繭は、蛾が羽化する前に冷凍庫にいれておきました。蛾が羽化をして、繭に穴を開けてしまうと、その繭からは糸引きができないそうなのです。

 

夏にうちから蚕を分けて、同時期に育てた2家族と一緒にやりました。子供も5人いて賑やかでした。

まず、糸引きの装置を作ります。材料は、段ボール、はり金ハンガー、ペットボトル、割り箸です。装置作りは、親達で。ここ数年、夏に一緒に牛乳パック製の流しそうめんを楽しんでいる友人たちです。自分の手で作って楽しむ事が好きな人達なので、あーだこーだと改良しながら、楽しく作りました。ポイントは、人参をハンドルにつけた事です。針金のハンドルよりもオーガニックな手触り。断然持ちやすくなりました!

出来上がった頃、子供達も集まってきて糸巻きを触り、糸を引きました。

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繭はお湯で5分間煮ます。繭の表面をブラシで触ると、糸口が引っかかってきます。その糸を、ペットボトルにかけて巻き取っていきます。糸を引いていくと、繭はお湯の中でコロコロと回ります。

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蚕は約1500mの1本の糸で繭を作ります。細い糸なのに、なかなか切れません。美しく輝く糸が取れました。この1本の糸を取る事を「糸を引く」、繭10〜20個分撚り合わせる事を「糸を繰る」というそうです。明治期より、この作業は機械化されています。

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小学生の時に、授業で蚕を飼い、その後糸引きをした事を思い出しました。宿題で、糸繰り機を作って持ってくるようにとの事で、私は父に相談して作りました。

というか、ほとんど父が考えて作りました。木の糸巻きを再利用して、針金のハンドル付きで、翌日学校に持っていくと、他の子のより断然出来がよく、親が手伝ったのは明らかな感じでした。でも結局は、糸巻きに上手く糸を巻く事ができず、芯の針金部分に巻きついてしまったりして「父の作るものはいつも凝っているけれど、あまり実用的でない…」と思ったのを覚えています。

 

 

糸繰り機の作り方は「カイコの豆博士」小泉勝夫著 を参考にしました。

 

⭐︎2018年夏「インプリントまちだ展2018」町田市立国際版画美術館にて開催予定⭐︎

 

 

 

 

 

 

達磨さんとお蚕さん

 お正月が近いので、縁起物のことを。

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画像「だるまで巡るニッポン」より 武蔵野美術大学 美術館・図書館発行

私は数年前から「達磨」が好きで、だるま市が開かれる飯能、立川、調布、葛飾などを巡ったりしてきました。アメリカに住んでいる今も、この季節には新しいだるまさんを探しに市に行きたくて、うずうずします。

東京や多摩地区の市をいくつか見ていると、だるまさんの顔の種類が数種類に限られてるように見えました。実際、多摩地区には現在数件のだるま生産者しか残っていないそうです。

現在、だるまに掛ける願い事は「家内安全」「無病息災」「合格祈願」などが多いのでしょうが、養蚕の神として祀られていた時期もあったそうです。

 

蚕が幼虫の時に4回脱皮をします。脱皮準備の動かなくなる時期を「眠」とよびます。そして、眠(脱皮)が終わり、また活動を始めることを「起きる」といったそうです。そこで、だるまの「七転び八起き」にかけて、養蚕農家の信仰を集めたのだそうです。

 

もうひとつ、養蚕とだるま信仰の面白い関係があります。

横浜開港が、日本の絹糸輸出が成長する契機になったわけですが、だるま生産にも必要な赤い染料「スカーレット」も横浜港開港によって輸入されるようにもなりました。

それまでは赤の染料が入手困難だったのが、安価なスカーレットの輸入によって、だるま生産者が増えたのそうです。

 

そして、だるまの生産は養蚕の広がりとともに埼玉県、栃木県、福島県茨城県、多摩地区、神奈川県へと伝わっていったといわれています。

 

蚕が、繭を作るところまで病気やネズミなどの被害にあわず、無事に成長できますように、豊蚕でありますように…という昔の人々の願いを、だるまさんは真っ赤なお顔で受け止めていたのでしょう。

 

⭐︎2018年夏「インプリントまちだ展2018」町田市立国際版画美術館にて開催予定⭐︎

 

参考資料 /「だるまで巡るニッポン」より 武蔵野美術大学 美術館・図書館発行

 

 

 

 

 

 

そもそも、なぜ蚕?

そもそも…の話。

蚕を飼うことも、このブログも町田市国際版画美術館での展覧会「インプリントまちだ展」(2018年夏開催予定)に向けてのプロジェクトです。

 

なぜ、町田市での展覧会で蚕なのか…

4年連続企画のインプリントまちだ展。町田市に取材した新作をアーティストが展示します。そして2018年度のテーマは「記憶」です。学芸員さんから、いくつかあげて頂いた町田市の歴史の中から、私がすぐにピンときたのは「養蚕」でした。

幕末に横浜が開港してから、日本の養蚕、生糸輸出業が盛んになりました。1909年(明治42)から1976年(昭和51)までは、生糸の生産量や輸出量が世界一だったのです。

江戸時代から織物が盛んだった八王子。八王子に集まった生糸を、横浜に運ぶ道が「日本のシルクロード」と呼ばれ、町田市はそのちょうど真ん中あたりに位置します。絹の道を、人、物資、新しい文化が行き来することになり、町田市の繁栄のきっかけとなりました。

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画像「絹の道資料館」展示よりお借りしました

 個人的には、小学校で蚕を育てて、糸繰りをした体験もあります。

そして、アーティストになってからは、作品の素材として、自然由来の素材を使うことが多く、紙、蜜蝋、絹糸、植物繊維などを様々に加工して使ってきました。

自然由来の素材を使う理由は、作品のテーマに合っていることはもちろんですが、工業製品にない、風合い、しなやかさ等があるからです。あと、自分の身体感覚との近さもあります。

一時期、蜘蛛や蚕が、彼らの巣や繭を作るのに完璧で美しい素材を、自らの体から作り出せるという事に、嫉妬していました。”どうして私のお尻や口から糸が出ないのだろう。出せたら完璧なのに…”と。

という訳で、蚕、養蚕、記憶…をテーマに、新作の制作をしています。

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過去に絹糸を使ったインスタレーション 「Evoke under a circle」ギャラリーブリキ星 2003年 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白い絹糸を黒で

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1頭の蚕の吐く糸の長さは、1300m~1500mです。絹糸の断面は三角形をしており、プリズムのように光を乱反射します。美しい光沢はここからきています。また衣服にした場合、夏に涼しく、冬に暖かいという特性もあります。

かいこが繭を作るのは、繭の中で蛹になり羽化までの皮が柔らかく動けない時期に、天敵や天候から守る役目もあります。そして絹糸は、紫外線も約90%カットするので、日傘やストールなどの紫外線予防製品にも向いています。

 

化学繊維にはない特性がたくさんある絹糸ですが、私が一番驚いたのは「カイコは繭糸を吐かないと、体内が過剰タンパク質になって死んでしまう」という事です。桑を食べて体内に溜め込んだタンパク質を、蛾になるためには吐き出さないといけないのです。

繭の役目は、弱い変態の時期に天敵や紫外線から身を守る目的が先なのか、タンパク質を排出する目的が先なのか…わかりませんが、よくできたものだと感心してしまいます。

 

最近は、銅版画を制作しています。銅版画といえば、白い紙に黒や他の色のインクで刷るのが一般的ですが、今は「白い絹糸を黒で」表現できないかと、試行錯誤しています。

 

⭐︎2018年夏「インプリントまちだ展2018」町田市立国際版画美術館にて開催予定⭐︎

 

 

 

かいこの卵、その後。

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「まゆるん」神奈川県横浜市にあるシルク博物館のキャラクター

 

かいこの卵ですが、うちでも10蛾ほどのメスが産みました。1蛾につき500個もの卵を産むらしいので(数えてはいない*)、約5000もの卵があることになるわけですが…

この卵たちは、そのままにしておくと来年の1月頃に孵化します。1月だと桑がなくて困るので、10℃の冷蔵庫に保存し、翌年の桑が出てきた頃に室内に出すと10日ほどで孵化するそうです。ただ2代目のかいこは、元気に育つ率は75%、3代目になると50%だそうです。

私の周りにも、うちからあげた友人の周りにも、来年は育ててみたいから卵を頂戴!と言ってる人たちがいます。それにしても、5000個の75%だとしても3750頭?…ファームになってしまうので、考えないといけません…

メス達は大半がまだ生きています。最初の蛾の羽化から約1ヶ月もたっているのに、何も食べずに静かに生きています。

 

*「かいこの豆博士」(小泉勝夫 著)によると卵を数える方法は、卵が産み付けられた紙をコピーして、コピーの方の卵に1個づつサインペンで記しをつけていくか、針で穴を開けていくと良いらしいです。なるほどー。

 ⭐︎2018年夏「インプリントまちだ展2018」町田市立国際版画美術館にて開催予定⭐︎

かいこ飼育日記(60日目)

10/22 '17(60日目)

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オスの蛾

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メスの蛾

 

10/22 '17(60日目)  卵から孵化したての状態で届いてから、60日目。オスの蛾たちが次々と死んでいきました。メスで死んだのはまだ1蛾。蚕もメスの方が長生きなんですね…

写真の右方のオスの羽がボロボロなのは、繭から出るときに空間が狭かったりで苦労して、まだ濡れて柔らかい羽がボロボロになったものです。

メスは産卵後も10日程たっていますが、卵を産んだその場でじっとしています。オスもメスも、蛾になってからは飲むことも食べることもしません。卵に次の命を託した後は、静かに死んでいきます。

産卵の様子を見ていて、1個産みつけたらすぐその隣に、おおむねきっちりと、卵を重ねずきれいに産むなぁ…と見ていました。しかし1蛾だけ、無秩序に、しかも重ねて産んだりするメスがいました。その卵を見ると、何故かぞわっとします。何かが上手くいかなかったのでしょう。

 

孵化から50日位の間に、幼虫〜繭〜蛹〜蛾〜卵と小さい虫の中の、ダイナミックな成長と変化を見せてくれた蚕たちに感謝です。死んだ蛾たちは、家の植木鉢か公園に埋めてあげようと思います。

⭐︎2018年夏「インプリントまちだ展2018」町田市立国際版画美術館にて開催予定⭐︎

 

 

かいこ飼育日記(48日目)

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10/9 '17(48日目)吐糸の観察のために、穴をあけてあった繭から蛾が羽化しました。他の繭からも続々と羽化し、すでに6蛾が産卵を始めています。
変化が大きいので、写真5枚です。

写真1)大きな穴がすでにあるのに、新たに穴を開けて出てきた。
写真2)繭の中にあった幼虫から脱皮した皮と、蛹から脱皮した皮。
写真3)羽化後、1時間くらい。羽は開いてきたところ。
写真4)交尾 上のお腹の大きなのがメス。交尾は数時間続く。
写真5)産卵 
写真6)産み付けられて1日目の卵。まさに卵色。翌日から茶色くなっていく。

⭐︎2018年夏「インプリントまちだ展2018」町田市立国際版画美術館にて開催予定⭐︎