日記・繭の記憶/Cocoon Memories

アーティスト荒木珠奈の2018年夏予定の展覧会(インプリントまちだ@町田市国際版画美術館)にむけて、蚕を飼ったり、制作準備等の記録です。

”記憶の繭(まゆ)をつくる” プレワークショップご報告

インプリントまちだ展2018の関連企画で、3/30にプレ・ワークショップを開催しました。

「記憶の繭(まゆ)をつくる」

2018年3月30日(金)午後1:30~4:00 町田市国際版画美術館講堂

「絹糸を吐き出し繭をつくる蚕にならって、思い出のつまった繭を作ります。」

という内容で、5歳〜小学6年生とそのお母さん達が参加してくれました。

 

最初にこれまでの荒木の作品紹介、そして昨夏に蚕を飼った記録などを見てもらい、実物の繭や蚕蛾、繭からひいた糸も触って見てもらいました。

次に、美術館スタッフから町田市で数年前まで養蚕をしていた農家さんへ見学に行った時の写真や、昔の写真などを見せてもらいました。日本で養蚕がとても盛んで、蚕が人々の生活に身近だった頃のお話を聞きました。

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休憩を挟んだ後は、さっそく制作です。

手のひらで包めるサイズの、思い出のある物を家から持ってきてもらいました。

それぞれに、どんな思い出があるのか気になります。

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どんな思い出がある物なのか、短い文章を書いてもらいました。

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包む材料は、毛糸やリボンなど。日本とアメリカで集めた毛糸やリボンなどで、色は白〜生成りでした。

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違う種類の毛糸やリボンを選び、それらを結んでつなげる事、角度を変えながら全体を巻いていく事を工夫しながら…結構、無心になります。

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完成しました!

コロンと丸っこい「記憶の繭」になった物たちが、より愛おしく見えます。

糸をほどいてみたいのはいつ?と聞いたら「10年後」とか「来週!」とか、それぞれで面白かったです。

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ご参加ありがとうございました!

出来上がった作品たちは、美術館でお預かりしています。美術館のどこかに展示される予定ですので、展示されたらぜひまた見に来ていただきたいです。

 

⭐︎2018年6/30~9/2「インプリントまちだ展2018」荒木珠奈 記憶の繭を紡ぐ 町田市立国際版画美術館にて開催予定⭐︎

 

 

 

 

 

 

インプリントまちだ展2018 プレ・ワークショップ参加者募集

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インプリントまちだ展2018の関連企画で、プレ・ワークショップを開催します。

「記憶の繭(まゆ)をつくる」

2018年3月30日(金)午後1:30~4:00 町田市国際版画美術館講堂

絹糸を吐き出し繭をつくる蚕にならって、思い出のつまった繭を作ります。

自分の思い出のある物を持ってきてもらい、毛糸やひもを使ってクルクルと包んでいきます。

5歳から小学6年生までとその保護者が対象。定員18名。

お申し込みは3月12日まで、下記リンク先のメールフォームからできます。

ぜひ、ご参加ください!

 

 

hanga-museum.jp

⭐︎2018年夏「インプリントまちだ展2018」町田市立国際版画美術館にて開催予定⭐︎

 

繭玉飾り、(ひとり)どんと焼き

小正月の頃、日本の様々な地方で繭玉飾りがつくられます。養蚕が盛んだった時代には

、豊蚕を祈ってつくられたそうです。

現在ではそのお餅を焼いて食べると無病息災といわれ、去年のだるまさんやお札などを焼く、どんと焼きの火であぶって食べます。

私の地元の多摩地区でも行われているのに、実際には見たことがなかった繭玉飾り。アメリカ在住で行くことができないので、自分で作ってみることにしました。

ホームベーカリーで作ってあったお餅を蒸しなおし、繭型にして、拾ってきた枝につけました。乾いていないお餅は結構重く、バランスがとても悪いです。枝が倒れないようにするために、花瓶の方を重くして倒れないようにしました。実際は、臼の真ん中の穴に差すことが多いようです。

 

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下の写真は、羽村市郷土資料館からお借りしました。地方によって、みかんを付けたり、根元に大きな団子を差したり、だるまを置いたりするようです。羽村市は、絹糸をかけるところが変わってます。

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見慣れすぎてルーツを考えたことがなかった、この手の飾りも繭玉(餅花)だったのですね。

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そして1週間後の、(ひとり)どんと焼きです。火がガス台なのが残念なのですが…

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⭐︎2018年夏「インプリントまちだ展2018」町田市立国際版画美術館にて開催予定⭐︎

糸引き

子供と私が年末の休みに入った頃、蚕の繭から糸を引いてみました。

糸引きに使う繭は、蛾が羽化する前に冷凍庫にいれておきました。蛾が羽化をして、繭に穴を開けてしまうと、その繭からは糸引きができないそうなのです。

 

夏にうちから蚕を分けて、同時期に育てた2家族と一緒にやりました。子供も5人いて賑やかでした。

まず、糸引きの装置を作ります。材料は、段ボール、はり金ハンガー、ペットボトル、割り箸です。装置作りは、親達で。ここ数年、夏に一緒に牛乳パック製の流しそうめんを楽しんでいる友人たちです。自分の手で作って楽しむ事が好きな人達なので、あーだこーだと改良しながら、楽しく作りました。ポイントは、人参をハンドルにつけた事です。針金のハンドルよりもオーガニックな手触り。断然持ちやすくなりました!

出来上がった頃、子供達も集まってきて糸巻きを触り、糸を引きました。

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繭はお湯で5分間煮ます。繭の表面をブラシで触ると、糸口が引っかかってきます。その糸を、ペットボトルにかけて巻き取っていきます。糸を引いていくと、繭はお湯の中でコロコロと回ります。

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蚕は約1500mの1本の糸で繭を作ります。細い糸なのに、なかなか切れません。美しく輝く糸が取れました。この1本の糸を取る事を「糸を引く」、繭10〜20個分撚り合わせる事を「糸を繰る」というそうです。明治期より、この作業は機械化されています。

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小学生の時に、授業で蚕を飼い、その後糸引きをした事を思い出しました。宿題で、糸繰り機を作って持ってくるようにとの事で、私は父に相談して作りました。

というか、ほとんど父が考えて作りました。木の糸巻きを再利用して、針金のハンドル付きで、翌日学校に持っていくと、他の子のより断然出来がよく、親が手伝ったのは明らかな感じでした。でも結局は、糸巻きに上手く糸を巻く事ができず、芯の針金部分に巻きついてしまったりして「父の作るものはいつも凝っているけれど、あまり実用的でない…」と思ったのを覚えています。

 

 

糸繰り機の作り方は「カイコの豆博士」小泉勝夫著 を参考にしました。

 

⭐︎2018年夏「インプリントまちだ展2018」町田市立国際版画美術館にて開催予定⭐︎

 

 

 

 

 

 

達磨さんとお蚕さん

 お正月が近いので、縁起物のことを。

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画像「だるまで巡るニッポン」より 武蔵野美術大学 美術館・図書館発行

私は数年前から「達磨」が好きで、だるま市が開かれる飯能、立川、調布、葛飾などを巡ったりしてきました。アメリカに住んでいる今も、この季節には新しいだるまさんを探しに市に行きたくて、うずうずします。

東京や多摩地区の市をいくつか見ていると、だるまさんの顔の種類が数種類に限られてるように見えました。実際、多摩地区には現在数件のだるま生産者しか残っていないそうです。

現在、だるまに掛ける願い事は「家内安全」「無病息災」「合格祈願」などが多いのでしょうが、養蚕の神として祀られていた時期もあったそうです。

 

蚕が幼虫の時に4回脱皮をします。脱皮準備の動かなくなる時期を「眠」とよびます。そして、眠(脱皮)が終わり、また活動を始めることを「起きる」といったそうです。そこで、だるまの「七転び八起き」にかけて、養蚕農家の信仰を集めたのだそうです。

 

もうひとつ、養蚕とだるま信仰の面白い関係があります。

横浜開港が、日本の絹糸輸出が成長する契機になったわけですが、だるま生産にも必要な赤い染料「スカーレット」も横浜港開港によって輸入されるようにもなりました。

それまでは赤の染料が入手困難だったのが、安価なスカーレットの輸入によって、だるま生産者が増えたのそうです。

 

そして、だるまの生産は養蚕の広がりとともに埼玉県、栃木県、福島県茨城県、多摩地区、神奈川県へと伝わっていったといわれています。

 

蚕が、繭を作るところまで病気やネズミなどの被害にあわず、無事に成長できますように、豊蚕でありますように…という昔の人々の願いを、だるまさんは真っ赤なお顔で受け止めていたのでしょう。

 

⭐︎2018年夏「インプリントまちだ展2018」町田市立国際版画美術館にて開催予定⭐︎

 

参考資料 /「だるまで巡るニッポン」より 武蔵野美術大学 美術館・図書館発行

 

 

 

 

 

 

そもそも、なぜ蚕?

そもそも…の話。

蚕を飼うことも、このブログも町田市国際版画美術館での展覧会「インプリントまちだ展」(2018年夏開催予定)に向けてのプロジェクトです。

 

なぜ、町田市での展覧会で蚕なのか…

4年連続企画のインプリントまちだ展。町田市に取材した新作をアーティストが展示します。そして2018年度のテーマは「記憶」です。学芸員さんから、いくつかあげて頂いた町田市の歴史の中から、私がすぐにピンときたのは「養蚕」でした。

幕末に横浜が開港してから、日本の養蚕、生糸輸出業が盛んになりました。1909年(明治42)から1976年(昭和51)までは、生糸の生産量や輸出量が世界一だったのです。

江戸時代から織物が盛んだった八王子。八王子に集まった生糸を、横浜に運ぶ道が「日本のシルクロード」と呼ばれ、町田市はそのちょうど真ん中あたりに位置します。絹の道を、人、物資、新しい文化が行き来することになり、町田市の繁栄のきっかけとなりました。

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画像「絹の道資料館」展示よりお借りしました

 個人的には、小学校で蚕を育てて、糸繰りをした体験もあります。

そして、アーティストになってからは、作品の素材として、自然由来の素材を使うことが多く、紙、蜜蝋、絹糸、植物繊維などを様々に加工して使ってきました。

自然由来の素材を使う理由は、作品のテーマに合っていることはもちろんですが、工業製品にない、風合い、しなやかさ等があるからです。あと、自分の身体感覚との近さもあります。

一時期、蜘蛛や蚕が、彼らの巣や繭を作るのに完璧で美しい素材を、自らの体から作り出せるという事に、嫉妬していました。”どうして私のお尻や口から糸が出ないのだろう。出せたら完璧なのに…”と。

という訳で、蚕、養蚕、記憶…をテーマに、新作の制作をしています。

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過去に絹糸を使ったインスタレーション 「Evoke under a circle」ギャラリーブリキ星 2003年 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白い絹糸を黒で

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1頭の蚕の吐く糸の長さは、1300m~1500mです。絹糸の断面は三角形をしており、プリズムのように光を乱反射します。美しい光沢はここからきています。また衣服にした場合、夏に涼しく、冬に暖かいという特性もあります。

かいこが繭を作るのは、繭の中で蛹になり羽化までの皮が柔らかく動けない時期に、天敵や天候から守る役目もあります。そして絹糸は、紫外線も約90%カットするので、日傘やストールなどの紫外線予防製品にも向いています。

 

化学繊維にはない特性がたくさんある絹糸ですが、私が一番驚いたのは「カイコは繭糸を吐かないと、体内が過剰タンパク質になって死んでしまう」という事です。桑を食べて体内に溜め込んだタンパク質を、蛾になるためには吐き出さないといけないのです。

繭の役目は、弱い変態の時期に天敵や紫外線から身を守る目的が先なのか、タンパク質を排出する目的が先なのか…わかりませんが、よくできたものだと感心してしまいます。

 

最近は、銅版画を制作しています。銅版画といえば、白い紙に黒や他の色のインクで刷るのが一般的ですが、今は「白い絹糸を黒で」表現できないかと、試行錯誤しています。

 

⭐︎2018年夏「インプリントまちだ展2018」町田市立国際版画美術館にて開催予定⭐︎